「機関車に巣喰う」(龍胆寺雄)

若さゆえの底知れぬエネルギー

「機関車に巣喰う」(龍胆寺雄)
(「日本文学100年の名作第2巻」)
 新潮文庫

俺達の住まいを
打ち開けようか。
土手の腹に傾いで錆びついている
泥汽車の機関車さ。
今は火床の歪んだ鉄格子の上へ
枯草を積んで、
古毛布を小鳥の巣のように
隅々へ襞打たせて、
やっとこさ二人分の体温で
あけがたまでしのぐのだ…。

個性的な作品揃いのアンソロジー
日本文学100年の名作第2巻」の中でも
群を抜いて素敵な作品です。
昭和5年に書き上げられた本作品、
筋書きはないようなもので、
主人公「俺」が一緒に田舎から出てきた
少女「瑁」(まい)と、
イチャイチャしている(適当な言葉が
思いつかないのですが)描写が
続くだけの作品です。
しかし、それでいていつまでも
心が引きつけられる
(何度となく読み返しました)、
不思議な吸引力を持った作品です。

魅力の一つは、
作品の舞台となっている「俺」と瑁の
住処・機関車でしょうか。
現代の酔狂な変人が金に飽かせて
リフォームしたようなものとは
異なります。
東京の人口河川・荒川竣工の際に
使用されて川辺に
そのまま放置された機関車に、
二人は住み込んでいるのです。
田舎から駆け落ちし、金もなく、
なんとか見つけた
住処だったのでしょう。
寝床は何と石炭を焼べていた釜の中。
寝心地は
最悪だったと思われるのですが、
そんな雰囲気は微塵も感じさせません。
二人はただただ幸せを
感じているのです。

魅力の二つめは、
そうした「俺」の底抜けに明るい
幸福感でしょうか。
貧しさのどん底でありながら、
愚痴はどこにも表されていません。
明るい夢でいっぱいなのです。
「俺」の夢は
「河向こうの工場街に
小さな工場を一つ持って、
自分で旋盤を廻して
器械をこさえ」ること。
瑁の夢は「白鳥(スワン:荒川を運航する
モーターボート)の艫へ
水兵服を着て立って、
舵輪をと」ること。
他愛のない夢なのですが、
二人はその夢を食べて
生きているかのようです。

魅力の三つめは、
作品全編から香り立つ
おおらかな時代の匂いです。
未成年の若い男女が
放置機関車を勝手に住処にしても、
地域を巡回する警官すら
黙認しています。
付近の工場から夜中に
石炭をくすねて生計を立てても
ことさら問題視していません。
そもそも二人が暮らしはじめたとき、
瑁はまだ13歳。
現代であれば何をどう言い訳しても
補導の対象となるはずです。

そして魅力の四つめは、
若さにまかせて一気に書き上げたような
文体です。
明治生まれの作家であるにも
かかわらず、龍胆寺雄の文体は
格調の高さとは無縁です。
そしてその粗忽ながらも
推進力に満ち溢れた筆致は、
若さゆえの
底知れぬエネルギーを感じさせます。

残念ながら龍胆寺雄の作品は
そのほとんどが絶版となり、
流通しているのはわずかです。
しかもそれは小説ではなく
サボテンに関する随筆
(なんと龍胆寺雄はサボテン研究の
第一人者!)なのです。
再評価され、作品が再び
世に出ることを願っています。

(2021.12.4)

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